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05.四条河原の夕涼み

Source: 『都林泉名勝図会』巻一之坤

~(四条河原)夕涼、其二~

 京都は内陸部にある盆地ですから、冬は底冷えがするほど寒く、夏は湿気が多く蒸し暑い。この夏の暑さをしのぐには、水辺の涼が最適です。京都の水辺といえば鴨川、ということになります。
 江戸時代、京都では四条河原とともに糺河原でも夕涼みが行われていました。期間は6月7日から6月18日の12日間。これは祇園会の最中で、祇園社の御輿が四条寺町下るの御旅所に遷されている期間に相当します。
 絵は鴨川右岸、先斗町側の賑わいを描いたものです。右端に見えるのはのぞきからくり。通りの向こうは辻打ち咄、入場料は12文です。その左が芝居小屋、提灯には「早嵜」の文字、太夫早嵜京之助と座元の藤村若伊の名前も入り口のところに見えます。ここも木戸銭は12文。手前に見える「木屋」は香煎、「ふねや」は田楽豆腐の店で、どちらも祇園の名物です。その横には西瓜を切り売りしている店も見えます。「木屋」や「ふねや」とは違って、床几は出しておりません。皆、立ちながら食べています。今日のファーストフードといったところ。
 本居宣長の『在京日記』をみますと、ここの夕涼みは1年ごとに右岸と左岸とで順繰りに催されていたことがわかります。ですから、梅雨があけたこの時期には、鴨川の水量は少なかったのです。
 絵の中央上部では喧嘩が始まっています。それをいさめに来た雑色の姿も描かれています。本来、京都は喧嘩の少ないところ。もしあったとしても、すぐに取り押さえられてしまうということが、絵から理解されます。

From:Yuki NISHINO